宮大工ワード集

寺社番匠

江戸時代、現在の宮大工は寺社番匠と呼ばれていた。明治初年の神仏分離令に伴って、廃仏毀釈運動が盛んになり、「寺」の字を取るように命じられた。明治維新の変革により、これまでの身分制度のもとで「番匠」という地位が「大工」に変わり、宮大工という名称になったようだ。戦争に突き進む時代の流れの中で宮大工という言葉が出来上がってきたのも押さえておきたい歴史的な事実だ。

一方で、違う学説もある。17世紀後半・江戸時代中期に、町屋にも瓦葺が普及するにつれ、民家を建築する大工を『家大工』と呼ぶようになり、対比的に、神社・寺院などの大工を『宮大工』と呼ぶようになった、という説だ。こちらも地域的には歴史的な事実として考えていいと思われる。

宮大工以外の大工には、書院造りを基本とし茶室をしつらえる数奇屋大工(より細かいことが求められる)、京都独特の建築手法を持つ町屋大工、家具などの様々な加飾や彫刻のほか木製の道具を加工する指物大工、など一口に大工といっても、外科医、内科医のように専門分野に分かれている「番匠」だったのだ。皆さんの家の近くに番匠という地名が残っていれば、それは必ず大工が大勢済んでいたという証というわけだ。

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